卒業を前に
離れても電話するよと
小指差し出して言うけど
守れそうにない約束は
しない方がいい ごめんね
(斉藤由貴『卒業』)
- アーティスト: 斉藤由貴,来生たかお
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- 発売日: 2001/11/21
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卒業をテーマにした曲が多くある中で、斉藤由貴の『卒業』はほかの多くの曲と異なった独特の世界を持っています。卒業ソングの多くが「離れても変わらない心」を歌う中で、作詞の松本隆はこの歌の主人公に「卒業式で交わした約束が守られない」と気付かせてしまっているのです。
同じく『卒業』では次のようにも歌われています。
だけど東京で変わっていく
あなたの未来は縛れない
(斉藤由貴『卒業』)
地方と都会(東京)への別れ。その中で変わっていってしまう心。これは松本隆の作品のいくつかに共通して見られるモチーフです。
作詞家としての松本隆初期の名作『木綿のハンカチーフ』はまさにこのモチーフの曲です。
恋人よ 君を忘れて
変わっていく ぼくを許して
毎日 愉快に過ごす街角
ぼくは ぼくは帰れない
(太田裕美『木綿のハンカチーフ』)
1980年代中期に松本隆がバンド・THE 東南西北に書いた『微妙な気持ち』では、このモチーフが旅立つ少年の側の視点で歌われています。
長い旅が終わった時
君が待ちきれず
違う奴と生きていても
責めたりしないはず
(THE 東南西北『微妙な気持ち』)
GOLDEN☆BEST/THE東南西北-Ever Lasting Blue
- アーティスト: THE 東南西北
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アイドルだった坂上香織が歌った『レースのカーディガン』も、同様に都会へ旅立った男の視点から歌った歌で、『微妙な気持ち』の続編的な、あるいは『木綿のハンカチーフ』を別の視点から見た歌詞だといえるかもしれません。
旅の終わった場所が
新しい始発駅
君だって別の人探して生きてる
(坂上香織『レースのカーディガン』)
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地方と都会=東京という距離、そして時間が変えていく、旅立った人の、残った人の心。それを東京出身で上京経験のない松本隆が題材に選んでいるのは面白いところです。
この、距離と時間が変えていく心というモチーフは、前述のTHE 東南西北のボーカリストで、現在はソロアーティスト、作詞家として活躍する久保田洋司にも引き継がれています。
君にさよなら 電話で告げた 過ぎていく 季節の中に
会えない 時間にも 距離にも 勝てない 僕らがいた
嵐『台風ジェネレーション』
少年・少女期の気持ち――それは恋愛感情だったり、友情であったり――は永遠であると、かつては誰もが信じています。でも、成長していく中で、そんな気持ちも決して永遠ではないことを否応なしに気付かされてしまいます。そんな、永遠でない気持ちの「刹那さ」を、松本隆は(そして久保田洋司は)歌詞の中に切り取っているのです。
しかし、そこにあるのは決して「どうせ心は変わってしまう」という諦念ではありません。永遠ではないから、変わってしまうからこそ、そのときの気持ちはキラキラと輝き、かけがえがない。だからその瞬間を、精一杯抱きしめたい。そこにあるのは、はかなさへの憧憬なのかもしれません。
本来の卒業の季節とは少しずれた“卒業”を前にして、そんなことを思うのです。